asken テックブログ

askenエンジニアが日々どんなことに取り組み、どんな「学び」を得ているか、よもやま話も織り交ぜつつ綴っていきます。 皆さまにも一緒に学びを楽しんでいただけたら幸いです!

ゼロから始める治療用アプリのUXリサーチ。その進め方とは?


こんにちは。医療事業部デザイナーの田仲です。
私たちは今、糖尿病のプログラム医療機器(SaMD)を開発しています。

承認されているSaMDがまだまだ少ない中、これから開発着手する方々はどのようにプロダクトを設計すれば良いか事例を探すのが一苦労かと思います。

今回は、医療機器のプロトタイプを作成する際に行った「UXリサーチ」の方法を紹介します。

私たちの足跡を辿ることで、これからSaMD開発に乗り出す方の足掛かりとなる情報が得られると思います。

なぜUXリサーチに時間を投じる必要があるのか?ビルドトラップの話


ユーザビリティはプログラム医療機器の成功に直結します。
糖尿病の治療用アプリである以上、ユーザーは比較的高齢の方が対象となります。

高齢ユーザーへの理解が浅い状態で、「治療にはアレもコレもソレもあった方がベターだよね。」と総合デパートのように機能を詰め込み、「さあ、使ってね」とユーザーに渡しても、ほとんどの人が使いこなせない失敗プロダクトになってしまいます。

ユーザーへの解像度が低い状態でアウトプットを出してしまう状態=ビルドトラップです。

私たちも、ビルドトラップに陥った過去がありました。

ユーザーにとってNice to haveな要件も色々詰め込み、「ユーザーに価値が発揮できるか」ではなく「アプリで実現可能か」という尺度でアウトプットを作り、ビルドトラップにはまってしまったのです。

脱ビルドトラップのため、事業責任者・PdMを中心にプロダクト志向の組織改革が始まり、深いユーザー理解のために組織全体でユーザーインタビューへの取り組みがスタートしたのでした。

ゼロから仕切り直すUXリサーチの始まりです。


患者を行動変容させるアプローチは、患者の人生を追体験することで生み出される


UXリサーチの目的は、ユーザーの課題や欲求を深く理解し、ビジネス戦略と結びつけて提供すべきユーザー価値を設計することです。
この時、「ユーザーの課題を解決するプロダクトになっていること」が最重要テーマです。(収益性ももちろん大事ですが。)

すでにローンチ済みのプロダクトであれば、機能改善のためのインタビューを5名から10名ほどに行い、課題感のヒアリングやニーズの把握をすると思います。

今回は新規のプロダクトであり、ペルソナも固まらない状態なので、医師・栄養士・患者に対し何十名もインタビューを行いました。
そうして初めてペルソナ像が出来上がり、治療前後の人生を追体験できるレベルまで解像度を上げられます。

ペルソナの普段の生活をジャーニーで追体験すると、どこに課題が潜んでいて、行動変容させるにはどういうアプローチが最適か自ずと見えてきます。
このペルソナとジャーニーの解像度を上げることで、ユーザーの持つペインが浮き彫りになり、ソリューションへの視界が一気に明るくなるのです。

エンジニアの方もペルソナとジャーニーを深く理解することで、要件を整理したり実装する際に「作る背景」を意識して構築することができます。


価値探索に1発OKはありえない。仮説と検証の行ったり来たりが鉄則


既存のプロダクトに対するUXリサーチは、定量調査である程度ユーザーの課題を抽出し、仮説をインタビューで妥当性検証していました。

定量調査→仮説設定→定性調査→ペルソナ設計→ユーザーストーリー設計→開発→ABテスト

みたいな流れを、一機能に対し1〜2度行う感じです。

ただSaMDの開発においては、今までの価値検証の方法が通用しませんでした。
あすけんは比較的、自分たちの身の回りにいるような属性の近いユーザー像であるということと、今までのナレッジの蓄積もあり、ある程度価値が想像しやすい面があります。
また、ABテストでクイックに価値を判断することも可能です。

しかし、現在開発しているSaMDにおいては、ユーザーが糖尿病患者・医療者であり、私たちには価値が想像しにくい上に治験を行うまでプロダクトの利用体験に対する価値がはかりにくく、今までの価値検証の方法が通用しないことに気づきました。

ローンチ前のSaMDでは、気軽にユーザーでABテストできない分、仮説・ペルソナ・ジャーニー・検証の行ったり来たりを何十回と繰り返してようやく、「これがコア価値かもしれない」という意思決定ができるものなのです。


価値があやふやな初期は、デザインスプリントで3日間集中


新規プロダクトを開発をする時は、ユーザー像も課題もニーズも全ての解像度がぼんやり。
なんとなくの仮説を立てるにもおぼつかない状態なので、医療事業部では最初の数ヶ月は患者・医師・栄養士のインタビューに徹しました。

その中で得られたインプットをもとに、インタビューと並行して3日間丸々デザインスプリントに集中することでクイックにソリューション案を導出しました。
ダブルダイアモンドモデルのフレームワークを使って発散・収束させていきます。

このデザインスプリントには、事業責任者もPdMもエンジニアも栄養士も様々な立場のメンバーが参加してアイディエーションします。
チームメンバー全員がプロダクト志向を持って取り組むことが重要ポイントです。

デザインスプリントの4つのメリット

  1. 短期間で集中的に取り組むことで、プロトタイプなどの具体的な成果を得ることができる
  2. チーム内の理解と協力が促進され、チームメンバーがプロダクト志向で取り組むことができる
  3. 小さく実験して、小さく失敗できる
  4. プロトタイプを作成し、ユーザーにテストしてもらうことで、実際のニーズや反応を理解しやすくなる
Day1:誰の、どんな課題を解決するか?

ふんわりとしていていいので、ユーザーの課題感とプロダクトの目的・解決法を決めます。
大勢でワークショップを開催するときは、オンラインホワイトボードツールが非常に便利です。
あすけんではmiroというツールを導入しています。

SaMDは医師が導入を決定するものなので、インタビューのインプットをもとに医師のジョブ(成し遂げたいこと)・ペイン(課題)・ゲイン(より大きくしたい価値)を整理し、miro上に荒いバリュープロポジションキャンバスを書いてみます。
この時点で一旦、解像度低めのユーザー価値を導出します。

Day2:解決すべき課題の解像度を上げる

医師・栄養士・患者の、糖尿病治療の流れをジャーニーで詳しく分解し、ジョブとペインの解像度を上げます。

Day3:課題を解決するソリューション案を出す

解像度が上がってきたところで改めて医師のペルソナを描きます。

ペルソナの抱くペインに対し、どんなソリューションがMustかNice to haveか洗い出します。
Mustのソリューションを1つ選びメンバーがそれぞれソリューションスケッチを描いてみて、そのペーパープロトタイプを別の医師にインタビューで当て、妥当性検証をします。

インタビューの聞き取りにもmiroを活用し、インタビューフローの設計と聞き取り内容の記録を行います。同時に、インタビュー動画も記録します。


ここまで一連の流れを通してみて、自分たちの仮説と臨床現場のニーズのズレが大きいことに気づく


3日間集中することでクイックにユーザーの価値を整理し、ソリューションを導出することができますが、実際に医師にインタビューでソリューションを当ててみると、私たちの仮説と現場の医師が「やりたいこと・やれること」の間に大きなズレがあることに気付かされます。

大きなズレ=とどのつまり理解不足です。

理解不足は、ユーザーから課題とニーズを数多くヒアリングすることでしか補えません。

インタビューを終え、また以下のループを繰り返します。

  • ペルソナ
  • ジャーニー
  • 仮説アイディエーション
  • プロトタイプ作成
  • インタビュー
  • 記録

理解を深めるポイントは、インタビューのインプットからペルソナとジャーニーを可能な限り細かく設計することです。ジャーニーは、24時間・1週間・1ヶ月・半年・1年…と、詳細であればあるほどペインやソリューションが出やすくなります。

ただ、インタビューで検証できるのはユーザビリティやアイデアの良し悪しが中心で、長期間継続利用した時に発揮する価値までは妥当性検証できないことも多いです。


インタビューで検証できない仮説は、文献調査で確度を上げる


過去のエビデンスには3ヶ月・半年など長期間の調査結果も多く、継続利用した末の価値を推し量るにはもってこいの素材です。

治験までユーザーに継続利用してもらうことができない分、プロダクト全体の体験を通した価値がちゃんと発揮できるかは、エビデンスからも妥当性を担保する必要があります。

あすけんには専門の調査チームがあり、医師や栄養士などドメインエキスパートが研究・調査することで、信頼性と妥当性の高いソリューションを導出することができます。


確度を上げていって作成したプロトタイプは、医療者に過去イチ好評だった


着手当初はペーパープロトタイプやアイデアのみだったソリューションも、価値検証の後半に差し掛かる頃には、Figmaで動くものを作成してインタビューで当ててみます。

当初医療者と私たちとの間にあった大きな価値のズレも、現場のフローや課題感の理解を進めることで溝が小さくなり、「時間のない中でやりたいことはこれだけ」というニーズを汲み取ったプロトタイプに近づき、医療者の反応は今までの成果物の中で一番評価の高いものとなりました。


UXリサーチには時間と人を投じるべし。かけたコストは妥当性のある価値として返ってくる


SaMDはとにかく気軽にユーザーテストができません。調査する対象者を集めるにも、コストがとにかくかかります。通常のプロダクトより、規制もリスク管理も承認フローも多いです。

プロダクトを作ってから価値が低いものと判明してそれを作り直すコストよりも、UXリサーチにコストをかける方がはるかにリスクヘッジになります。

大切なことは以下です。

  • UXリサーチにはコストをかける
  • 価値検証は1回では終わらない。何度も行ったり来たりしながら妥当性を上げる
  • プロダクト志向の組織となり、一丸となって取り組む

これからSaMD開発をされる方はぜひ、UXリサーチにコストをかけて価値ある治療体験を提供できるように、お互い頑張っていきましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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